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大阪地方裁判所 昭和29年(ヨ)2207号 決定

申請人 阪神電気鉄道労働組合

被申請人 阪神電気鉄道株式会社

主文

被申請会社は申請労働組合がその代表者たる永浜義博を交渉委員の一人として参加させることを拒むことにより申請労働組合との団体交渉を拒否してはならない。

(注、無保証)

申請の趣旨

被申請会社は永浜義博を申請労働組合の正当な代表者として取扱い、右永浜義博が交渉委員の一人として参加する申請組合との団体交渉に応じこれを拒否してはならない。

理由

当事者双方の提出に係る疏明資料により当裁判所の一応認定した事実並にこれに基く判断は次の通りである。

一、永浜義博の参加する団体交渉拒否の経過

申請組合(以下組合という)は被申請会社の従業員をもつて組織する労働組合である。被申請会社(以下会社という)はその従業員で組合所属の組合員である永浜義博を昭和二五年一〇月三一日附をもつて解雇通告をなしたが、永浜対会社間の当庁昭和二五年(ヨ)第一、八四五号仮処分申請事件において昭和二八年一二月二五日解雇無効確認等請求事件の本案判決確定に至るまで会社は永浜を会社の従業員として取扱わなければならない旨の仮処分決定がなされ、永浜の会社従業員としての地位が保全せられるに至つたので、永浜は組合の規約並に機関の決定により組合員としての資格を認められると共に昭和二九年四月の組合役員改選に際して執行委員に当選、同年六月一五日以来執行委員に就任、組合事務に専従している者である。然るに、会社は永浜を含む組合新執行委員全員(九名)による第一回団体交渉に先立ち、昭和二九年六月二一日、大久保忠喜委員長外二名のいわゆる組合三役に対し、「永浜は企業の破壊的危険分子として解雇せられた者で確定した従業員としての地位を有する者ではない、会社がその解雇を有効と確信して係争中の者を交渉の相手方としては団体交渉の趣旨にも合致せず、到底円滑にして誠意ある団体交渉を期待し得ない」ことを理由として永浜が組合側の交渉委員として団体交渉に参加することを拒否すると申入れ、組合側の抗議追及に対してその態度を固持して譲らない。そこで組合は対策として、会社の右申入を拒否し、不当労働行為として本件提訴により事の解決を期する一方、会社側の右申入により組合諸業務の停滞することの重大さを考え当面の団体交渉には永浜は自発的に出席を留保するとの態度を採つているため、じご会社組合間に何回も団体交渉がもたれてはいるものの、永浜が団体交渉に組合側の交渉委員として参加することを会社が拒否する態度には依然変りがない。

二、永浜義博の参加する団体交渉拒否の当否

労働組合がその選んだ代表者によつて使用者と団体交渉をする権利を有し、使用者が正当な理由なしにこれを拒否してならないことは、すでに憲法第二八条、労働組合法第六条第七条第二号等の明かにするところであるばかりでなく、本件当事者間の労働協約も団体交渉の義務、方式等を規定し、会社又は組合が夫々相手方に対し交渉の申入をしたときは、相互に誠意をもつてこれに応ずる(第一〇条)、その交渉に際しては、相互に相手方の人格を尊重し、誠意をもつて妥結に至るよう極力努力しなければならない(第七条)、交渉における代表者は、夫々原則として執行委員の員数以内とする(第一一条)と定めている。従つて、組合はその執行委員である永浜を交渉委員の一人として会社と団体交渉をなす権利を有し、会社は正当な理由がない限り、永浜執行委員が組合側の交渉委員として団体交渉に参加することを拒否してはならないわけである。そこで会社に永浜の団体交渉参加を拒否する正当の理由があるかどうかを考えてみる。

1、会社は永浜については企業の破壊的危険分子としてすでに解雇しその解雇を有効と確信して係争中であつて同人は何等確定した従業員の地位を有するものでないから、会社組合の相互に人格を尊重して誠意をもつてなさるべき団体交渉においてかかる者を交渉の相手方として拒否することは、正当の理由があると主張する。併し乍ら、そもそも労働組合の代表者が労働組合又は組合員のために使用者と労働協約の締結その他の事項に関して交渉する権限を有することは労働組合法第六条によつても明かであるところ、組合の代表者として何人を選任するかは組合員において自主的に決すべきものであるから、既に永浜が組合の代表者に選出されている以上たとえ会社において前記解雇により既に同人が会社の従業員でないと信じていても、単にそれだけの理由で使用者たる会社は組合が永浜を交渉委員として団体交渉に参加させることを拒否してはならない筋合である。いわんや本件の場合その解雇理由がいか様にあれ、永浜対会社間の前記仮処分決定により解雇無効確認等請求事件の本案判決確定に至るまで会社は永浜を会社の従業員として取扱わなければならないことになつているのであつて、右決定は現に有効に在続中である。いやしくも仮処分という公権的判断によつて永浜が会社従業員としての暫定的保護を得ている以上、会社は組合に対する関係においても、右判断を尊重せざるを得ないのであつて、その保全せられた会社従業員の地位が確定的のものではないとか、現に訴訟事件として係争中とかという理由で右判断を無視乃至無視するに等しい行動を採ることは許されない。しかも、組合は右仮処分決定のなされるに及んで漸く永浜に対し同決定の趣旨に副つて組合員としての資格を認め、執行委員に選任したものであるから、組合が永浜を組合側の交渉委員の一人として団体交渉に参加させることをもつて会社側の人格を無視し誠意に欠けるものというのは当らない。従つて、会社の主張する右事由は組合に対し永浜の団体交渉参加を拒否する正当の理由とはなし難い。

2、更に会社は永浜は企業の破壊的危険分子として過去の常軌を逸した言動からみて同人が執行委員の地位を利用して団体交渉を混乱に陥し入れ、企業を根抵から破壊せんとする意図を有する公算が大であつて、永浜を交渉委員に加えるにおいては、到底円滑にして誠意ある団体交渉は期待し得ないというのである。併し乍ら、昭和二四年一二月の越年資金要求の団体交渉にいわば集団交渉化する行過ぎがあり当時組合の執行委員兼書記長であつた永浜にもこれについて多少の責任があつたとしても、その後すでに約五年の日月を閲しその間の社会的経済事情の変化並に一般労働組合運動の成長の事実の外過去の団体交渉の行き方に対する組合の気運に照して、考えるとき、ひとり永浜を交渉委員に加えることによつて団体交渉を収拾し難い程度に混乱無秩序に陥し入れる危険性があるものとは速断し難いばかりでなく、万一かかる危険事態が生起した場合会社として採るべき方途もないわけではない。従つて、右の如きは組合に対し永浜の団体交渉参加を拒否する正当の理由とするに足りない。

してみれば、結局会社は何等正当の理由がないのに組合に対し永浜執行委員の参加する団体交渉を拒否していることに帰着するのであつて、組合のもつ団体交渉権を違法に侵害するものといわなければならない。

三、仮処分の必要性

会社が組合に対し永浜執行委員の団体交渉参加を拒否することの許されないことは叙上の通りであつて、もし組合が永浜の自発的出席留保の方針を変更して同人を団体交渉に組合側の交渉委員として参加させる限り、会社がかかる団体交渉を拒否し組合の団体交渉権を侵害する危険性が現存していると認められると共に組合が労働組合として随時団体交渉を行う必要のあることも明かな本件においては、本案判決の確定をまたずにかかる侵害の危険性を緊急に排除する必要性が存するものといわなければならない。

会社は従来の団体交渉では必ずしも全執行委員が出席するわけではなく都合により一部の執行委員が出席せずとも交渉は何等支障なく行われて来たのであり、現に永浜を除いた団体交渉において種々の問題が逐次妥結しているのであつて、寧ろ永浜が交渉に出席しないことにより無用の紛糾を避けて円満な妥結をみた方が組合並に組合員のため有利であり得ても、組合には何等悪影響又は損害を及ぼすものではないから、仮処分を必要とする緊急性は存しないと主張するけれども、交渉権限を有する永浜執行委員を団体交渉に参加させるかどうか更に参加させずとも組合が団体交渉に支障を来たさないかどうかは組合自体の自主的判断によつて決すべき事柄で会社側から兎や角言を差し挾むべき筋合でないばかりでなく、従来の団体交渉における永浜の出席留保の契機が会社の故なき団体交渉参加拒否によるものである以上、組合が当面の団体交渉の必要に迫られて永浜の出席留保を忍んでいたからといつて本件仮処分の緊急の必要性を欠くものとは断じ得ない。

四、以上の次第で、申請組合の本件仮処分申請は理由があるものと認めてこれを許容することとし、保証を立てさせないで主文のとおり決定する

(裁判官 坂速雄 木下忠良 園部秀信)

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